松井常松(BOØWY)の使用ベースと音作り|ダウンピッキングの8分とアクティブのプレシジョン系を公式映像と図で解説【ヘッドレス・アローベース】
更新日:2026-10-16 文:SILVER WOLF GUITARS 森 将大
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- 松井常松(BOØWY時代は松井恒松)は、BOØWYのベーシスト。ステージでほとんど動かず、ダウンピッキングで8分音符を刻み続けるスタイルで、「ミスターダウンピッキング」とも呼ばれます。「LIKE A CHILD」などの作詞も。
- レコーディングのメインは、アクティブ回路と金色のパーツのフェンダーのプレシジョンベース系(白地に青・黄・赤のペンキ)。ライブではフェルナンデスの黒いリボルバーやヘッドレス、ソロではARIAのアローベース(シグネチャー)も。アンプやエフェクターの公式の機材リストは見つかりませんでした。
- 当店にはいま松井常松モデルもプレシジョンベース型もないため、写真の代わりに図で、ダウンピッキングのしくみ、中古で見るところ、代わりにそろえる機材をまとめました。買取も受け付けています。
BOØWYのベーシスト、松井常松。
ほかのメンバーが前に出て魅せるステージで、松井はほとんど動きません。まっすぐ立ったまま、ピックを振り下ろして8分音符をひたすら刻む。その姿が「渋い」と言われました。氷室・布袋と同じ群馬県高崎市の出身です。
この記事では、中古ギター店を営んでいる私が、松井常松とBOØWYの歩み、本人のベース、そしてダウンピッキングで8分を刻む音をいまそろえる方法を、公式映像と自作の図でまとめました。当店にはいま松井常松モデルの在庫がないため、写真は載せていません。
- 松井常松がどんなベーシストか(年表・エピソードつき)
- 公式映像で見るBOØWYと、松井のベースが聴ける名曲10選
- ダウンピッキングとオルタネイトの違い(図つき)
- 本人のベース:アクティブのプレシジョン系、ヘッドレス、アローベース
- 中古のプレベ型・アクティブを買うときに見るところ7つ
- 松井っぽい音を、いま新品でそろえるなら
松井常松ってどんな人?
| 名前 | 松井常松(まつい つねまつ)。BOØWY時代は「松井恒松」。1992年ごろに今の「常松」にしました |
|---|---|
| 生まれ | 1960年9月8日/群馬県高崎市 |
| 担当 | BOØWYのベース(1981年の加入から1988年の解散まで)。BOØWYでは作詞も |
| 主な活動 | デスペナルティ、織田哲郎&9th IMAGE、BOØWY、ソロ(1989年のアルバムから) |
| 弾き方 | ピックで弾くダウンピッキング。8分音符を刻み続けるスタイル |
高崎で、氷室京介らと組んだバンド「デスペナルティ」が始まり。上京してからは、織田哲郎&9th IMAGEというバンドにベーシストとして参加しました。
そして1981年、氷室と布袋寅泰が始めたばかりのバンドに加わります。当時の名前は「暴威」。これがのちのBOØWYです。1982年に『MORAL』でデビューし、1986年の『BEAT EMOTION』で初のオリコン1位。1987年12月24日に解散を発表し、1988年4月の東京ドーム「LAST GIGS」で幕を閉じました。
解散のあとはソロで活動し、1989年に1作目のアルバム『よろこびのうた』を出しました。
人柄が分かるエピソード8つ
Wikipediaや記事、楽器店の投稿など、2つ以上の資料で確かめられた話だけを集めました。
- 始まりは高崎の「デスペナルティ」
地元の高崎で、氷室京介らと組んだバンド。BOØWYで再び一緒になる仲間とは、ここからの付き合いです。 - 織田哲郎のバンドでベース
デスペナルティが解散したあと、松井は織田哲郎&9th IMAGEにベーシストとして参加しました。 - 氷室と布袋のバンドへ
1981年、松井は氷室と布袋が始めたばかりのバンドに加わります。最初は「暴威」という名前で、6人編成でした。 - 赤いベースを、白とペンキの1本に
レコーディングで使い続けたフェンダーのプレシジョンベース系は、買ったときは赤。ザ・クラッシュのベーシスト、ポール・シムノンに触発されて自分で塗装をはがし、白く塗り直してから、青・黄・赤のペンキを飛び散らせたそうです。 - 動かないことで目立ったベーシスト
ステージ上でほとんど動かず、ダウンピッキングの8分弾きを刻み続ける。そのスタイルが「渋い」と言われ、ほかのメンバーとはちがう存在感になりました。SNSのファンの投稿でも、曲より、直立不動で黙々とダウンピッキングする姿のほうが記憶に残っている、と語られています。 - 呼び名は「ミスターダウンピッキング」
イシバシ楽器の店舗の投稿や、群馬を紹介するサイトでは、松井を「ミスターダウンピッキング」と紹介しています。 - 「恒松」から「常松」へ
BOØWY時代のクレジットは「松井恒松」。1992年ごろから「常松」の字を使っています。 - ka-yuがベースを始めたきっかけ
Janne Da Arcのベーシストka-yuは、もともとギター。そのka-yuがベースを始めたのは、松井常松の影響でした。
BOØWYの中の松井常松
BOØWYは、氷室京介・布袋寅泰・松井恒松(今の常松)・高橋まことの4人で知られるバンドです。でも最初からこの4人だったわけではありません。結成当初は、もう1人のギターの諸星アツシと、サックスの深沢和明もいる大所帯でした。1982年に2人が抜けて、4人のBOØWYになります。
BOØWYの曲のほとんどは布袋の作曲です。その中で松井は、いくつかの曲で作詞もしました。1986年の『JUST A HERO』では作詞者として氷室・松井・ポール・ジャンセンの名前が並び、同じ年の『BEAT EMOTION』では「RAIN IN MY HEART」「WORKING MAN」の作詞が松井です。
布袋はBOØWYのころ、テレキャスターのキンキンした音を削って低音を足し、ベースとのバランスで中音も少し上げていたそうです(当店の布袋寅泰の記事より)。ギターとベースの音がぶつからず、一つのかたまりになって前に出る。BOØWYのビートは、2人の音の住み分けから生まれていました。
公式映像で見るBOØWY
まずは、BOØWYが解散を発表した1987年12月24日、渋谷公会堂のライブから「MARIONETTE」。2017年に4Kリマスターで出し直された『1224 -THE ORIGINAL-』の映像です。
BOØWY「MARIONETTE」『BOØWY 1224 -THE ORIGINAL-』より(UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式)
同じ『1224』から「NO. NEW YORK」。1988年の「LAST GIGS」で最後に演奏された曲です。
BOØWY「NO. NEW YORK」『BOØWY 1224 -THE ORIGINAL-』より(UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式)
1987年、神戸と横浜のライブを収めた『“GIGS” CASE OF BOØWY』から「B・BLUE」。資料では、このライブでフェルナンデスのヘッドレスを使っていたとされています。
BOØWY「B・BLUE」『“GIGS” CASE OF BOØWY COMPLETE』より(UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式)
同じライブから「IMAGE DOWN」。速いテンポの中の、ベースの刻みに耳を向けてみてください。
BOØWY「IMAGE DOWN」『“GIGS” CASE OF BOØWY COMPLETE』より(UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式)
最後に、BOØWYの公式ページで発売のお知らせと一緒に紹介された、『1224 -THE ORIGINAL-』の紹介映像です。
『BOØWY 1224 -THE ORIGINAL-』紹介映像(UNIVERSAL MUSIC JAPAN 公式)
※映像の中で松井がどのベースを弾いているかは、公式の資料では確かめられませんでした。
松井のベースが聴ける名曲10選
BOØWYの代表曲と、松井が作詞にかかわった曲から10曲を選びました。順位はオリコンです。2回目はベースだけを追って聴いてみてください。
BOØWYを結成してすぐ、最初に作られた曲。氷室の家で、氷室と布袋がカセットデッキを使って作りました。ドラムとベースがそろって前へ進むところに注目して聴いてみてください。
1988年の「LAST GIGS」2日目に2回演奏され、その2回目がBOØWYとして最後に演奏した曲になりました。
初期のアルバムで、松井が作詞に名を連ねた曲。氷室がまだ「氷室狂介」だったころです。
布袋のカッティングといえばこのリフ。ギターのカッティングに、ベースがどう重なっているか。2つの楽器の役割分担を聴き比べるのにぴったりの曲です。
松井が作詞した曲。1986年3月に出た4作目のアルバムの10曲目です。
BOØWY初のトップ10。候補だった「TRUE BLUE」は、マドンナの同名曲も出たため「B・BLUE」になりました。
『BEAT EMOTION』は、BOØWYが初めてオリコン1位を取ったアルバム。その中の、作詞が松井、作曲が布袋の1曲です。
同じアルバムの、もう1つの松井の作詞曲。『BEAT EMOTION』は1986年11月8日に出た、5作目のオリジナルアルバムです。
最初の録音に歌を入れたら納得できず、キーを上げてベースとギターを録り直したテイクがOKになりました。
BOØWY初のシングル1位。全員がOKを出したあとも、布袋だけはイントロを再生し直して確かめていたそうです。
BOØWYのあと:ソロの松井常松
BOØWYが1988年に解散すると、松井はソロで活動を始めます。1989年に出した1作目のアルバムは『よろこびのうた』。ソロのスタートは、歌のないインストゥルメンタル(演奏だけの曲)が中心でした。
1990年代には、ARIAから松井のシグネチャーモデル「アローベース」が出ていて、ソロのはじめのころのライブで使ったと紹介されています。名前の「常松」を使い始めたのも、1992年ごろのことです。
自伝『記憶』も出版しています。公式サイトがあり、ソロの作品は音楽配信でも聴けます。
ダウンピッキングってなに?
ピックの動きには、上から下へ振り下ろす「ダウン」と、下から上へ振り上げる「アップ」があります。
ダウンピッキングは、ダウンだけで弾く弾き方。振り下ろして弦を弾いたら、手は弦に当てずに上へ戻し、また振り下ろします。オルタネイトピッキングは、ダウンとアップを交互に使う弾き方で、手を戻す動きでも音を出します。
ダウンピッキングのいいところは、1音1音の弾き方が同じになることです。いつも同じ向きでピックが弦に当たるので、音の粒や強さがそろい、硬くて前に出る音になります。そのかわり、速い曲を全部ダウンで弾くと、腕がすぐにつかれます。
松井常松は、オルタネイトを使わず、テンポの速い曲でも一貫してダウンピッキングで弾く、と紹介されています。速い8ビートの上で、ルート(コードのいちばん下の音)をダウンで刻み続ける。シンプルなことを、ずっと同じ精度で続ける。ベーシストのブログでは、松井を「シンプルな作業を神技にまで昇華させた男」と紹介しています。
松井常松のベースの特徴3つ
① ダウンピッキングの8分弾き
いちばんの特徴は、なんといってもダウンピッキングで刻む8分音符です。BOØWYの曲は、速い8ビートのものが多くあります。その上でベースがダウンだけで刻むと、1音ごとに同じアタック(音の立ち上がり)が並び、曲に前へ前へと進む力が出ます。ギターやボーカルが自由に動けるのも、土台の刻みが揺れないからです。
② 動かないステージ
ステージでほとんど動かず、まっすぐ立って弾く。それが松井のもう1つの顔です。よく動く布袋と並ぶと、その対比がいっそう目を引きます。体でリズムをとらずに、右手だけで正確に刻み続けるのは、実は難しいことです。
③ 言葉も書くベーシスト
BOØWYでは「LIKE A CHILD」「RAIN IN MY HEART」「WORKING MAN」の作詞、初期の「FUNNY-BOY」では共作で作詞に参加しました。ソロでは、インストゥルメンタルから始めて、自分の作品を作り続けています。
本人のベースと機材
松井の使ったベースを、資料(Wikipedia、ブログ、楽器店の説明)で2つ以上一致したものだけまとめました。公式の機材リストは見つかりませんでした。
| ベース | 分かっていること |
|---|---|
| フェンダーのプレシジョンベース系(レコーディングのメイン) | レコーディングではほぼ一貫してこの1本。ノブは3つ(3つ目で高音と低音を上げ下げ)。アクティブ回路で、裏に9Vの電池。金属パーツは金色。買ったときは赤で、自分で白に塗り直し、青・黄・赤のペンキを散らした |
| フェルナンデス:白いバナナヘッド | フェルナンデスで、松井のために最初に作られたベース |
| フェルナンデス:黒の「リボルバー・シリーズ」 | 1986年のJUST A HERO TOURで使用。このあとのヘッドレスのプロトタイプ(試作)とも言われる |
| フェルナンデス:ヘッドレス | ファクター・ベースをデザインの原型にした、ライブで使うためのベース。小さなボディと、短めのスケール(弦の長さ)。CASE OF BOØWYのライブでも |
| AP ARIA CUSTOM SHOP ARROW BASS | ARIAの松井常松シグネチャーモデル、通称「アローベース」。ゾディアック・ワークスがかかわり、ソロのはじめのころに使ったと中古店で紹介されている |
| ゾディアック・ワークスの復刻ヘッドレス | ゾディアック・ワークスが、松井のヘッドレスと同じ仕様のモデルを限定35本で発売(本人の分を含めて36本) |
| アンプ・エフェクター・ピック | 公式の機材リストが見つからず、確かめられませんでした |
※フェルナンデスのFRBという型番のベースを初期に使った、と書く資料もありますが、どの型番かは確かめられませんでした。
メインのプレシジョンベース系は、資料では「フェンダーで作られた期間が1980年ごろから1983年ごろまでと短い」モデルとされています。アクティブ回路・ノブ3つ・金色のパーツという特徴は、フェンダーが1980〜83年ごろにアメリカで作った「プレシジョン・スペシャル」と重なります(機種名まで書いた資料は1つだけでした)。
アクティブとパッシブの違い
松井のメインのベースは「アクティブ」でした。ベースの回路には、電池を使わないパッシブと、電池で動く回路を積んだアクティブの2種類があります。
アクティブの回路は、ベースの中に小さなアンプ(プリアンプ)を積んだようなものです。パッシブの音色つまみは高い音を削ることしかできませんが、アクティブなら高音や低音を足すこともできます。ピックで弾くときに高音を少し足せば、アタックがはっきりします。
そのかわり、アクティブは電池がないと動きません。電池が弱ると音が細くなったり、ひずんだりするので、ライブの前には電池を新しくします。
松井っぽいベースの探し方
いま新品で買える松井常松モデルがあるかは、今回の調べでは確かめられませんでした(ゾディアック・ワークスの復刻ヘッドレスは限定35本です)。松井っぽいベースを探すなら、次の考え方が近道です。
| 探し方 | ポイント |
|---|---|
| プレシジョンベース型を選ぶ | いちばん定番の形。中古でも数が多い |
| アクティブのプレベ系を探す | ノブが3つ以上で、裏に電池ボックスがあるもの。「プリアンプ搭載」と書かれることも |
| ゆかりのモデルを探す | ARIAのアローベース(中古店に出ることがある)、ゾディアック・ワークスの復刻ヘッドレス |
| フェルナンデスのヘッドレス | フェルナンデスは事業を停止したので、これからは中古が中心。型番がよく分からない個体も多いので、仕様の説明を確かめる |
見た目なら、白いプレシジョンベース型に金色のパーツが松井の1本に近い雰囲気です。ただ、松井の音の正体は、ベースの種類より右手にあります。どのベースでも、ダウンだけで8分をそろえて刻めれば、ぐっと近づきます。
中古のプレベ型・アクティブを買うときに見るところ7つ
プレシジョンベース型、アクティブのベース、ヘッドレスを中古で見るときに、店主として確かめているところです。
アクティブのベースは、裏の電池ボックスのふたと端子を見ます。端子のさびや、電池の液もれの跡があると、音が途切れることがあります。
3つのノブを全部回して、音がなめらかに変わるか、「ガリッ」と雑音が出ないかを確かめます。パッシブに切り替えられるものは、両方で音が出るかも見ます。
金色のパーツは、手の汗でメッキがはがれたり、くもったりしやすいところ。ブリッジとペグを見ておきましょう。
トラスロッドが締める・ゆるめるの両方に回るかは大事なポイント。当店では、7フレットのすき間と12フレットの弦高を測って在庫ページに書いています。
ピックで弾かれてきたベースは、ピックの当たるところに傷があります。弾かれてきた証拠ですが、ピックガードの割れや浮きは見ておきます。
ヘッドレスの中には、両端に玉の付いた専用の弦(ダブルボールエンド)を使うものがあります。どの弦が使えるか、弦を止める金具がそろっているかを確かめましょう。
立って長く弾くなら、重さは大事です。当店では、すべての在庫の重さを実測して書いています。ケースなどの付属品も見ておきます。
当店の在庫ページでは、傷の場所・実測の重さ・ネックの数字・付属品を、写真と説明で確認できるようにしています。
いま揃える「松井っぽい音」
松井本人のアンプやエフェクターは分かっていないので、ここで紹介するのは、プレシジョンベース型をピックで弾いて、BOØWYのような8ビートを刻むための一例です。どれも本人の機材ではなく、代わりにいま新品で買える定番を選びました。
大事なのは、歪ませすぎないこと。歪みを深くすると音の粒がつぶれて、せっかくそろえた刻みが聞こえにくくなります。プリアンプで太さと芯を足し、アンプはクリーン寄りにしておくと、右手のちがいがそのまま音に出ます。
そろえる順番(費用の小さい順)
※商品の値段は日々変わるため、リンク先のサウンドハウスでご確認ください。
家でダウンピッキングを練習するなら
松井の音に近づく近道は、機材より練習です。おすすめの順番で並べました。
- ゆっくり、8分をダウンだけで
メトロノームを遅めにして、4弦の開放(E)を8分音符でダウンだけで弾きます。まずは音の大きさと長さをそろえることだけ考えます。 - 振りを小さく
腕全体ではなく、手首から先で小さく振り下ろします。戻るときは、ピックを弦の少し上に通します。 - 1分間、同じ音を続ける
同じテンポで1分間、休まずに刻みます。最後まで音の強さが変わらなければ合格です。 - テンポを少しずつ上げる
楽に弾けたら、メトロノームを少しだけ速くします。腕に力が入ってきたら、そこが今の限界です。 - 弦をまたぐ
4弦から3弦へ移るときもダウンのまま。リズムが遅れないよう、左手を先に動かします。 - 立って、動かずに弾く
最後は立って、体を揺らさずに弾いてみます。
用語ミニ辞典
- ダウンピッキング
- ピックを上から下へ振り下ろすときだけ弦を弾く弾き方。音の粒がそろう。
- オルタネイトピッキング
- ダウンとアップを交互に使って弾く弾き方。速いフレーズに向く。
- 8分音符・8ビート
- 1拍を2つに分けた音と、それを基本にしたリズム。ロックの基本。
- ルート
- コードのいちばん下になる音。ベースはルートを弾くことが多い。
- プレシジョンベース(プレベ)
- フェンダーが作った、いちばん定番のエレキベースの形。太い低音が特徴。
- アクティブ
- 電池で動く回路を積んだベース。高音や低音を足せる。
- パッシブ
- 電池を使わないベース。素直な音。
- ヘッドレス
- ネックの先のヘッドがないベース。小さくて軽い。
- プリアンプ・DI
- 音を整えて大きくする機械と、ベースをミキサーにつなぐための機械。
BOØWYのメンバーと松井常松
| メンバー | 担当 | 松井との関係 |
|---|---|---|
| 氷室京介 | ボーカル | 高崎のデスペナルティからの仲間。初期は「氷室狂介」の名前で、「FUNNY-BOY」は作曲も |
| 布袋寅泰 | ギター | BOØWYのほとんどの曲を作曲。松井が作詞した「RAIN IN MY HEART」「WORKING MAN」も |
| 松井常松 | ベース | BOØWY時代の名前は松井恒松。「LIKE A CHILD」などを作詞 |
| 高橋まこと | ドラム | 1981年5月、新宿LOFTでの最初のライブを客席で見ていて、のちにドラムで加入 |
氷室・布袋・松井の3人は、群馬県高崎市の出身です。結成当初いたギターの諸星アツシとサックスの深沢和明は、1982年に抜けました。
61人を一覧で比べる:アーティストモデル早見表(本人の機材と当店の在庫)
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まとめ
松井常松は、高崎のデスペナルティから織田哲郎&9th IMAGEを経てBOØWYに加わり、ステージでほとんど動かず、ダウンピッキングで8分音符を刻み続けたベーシストです。「LIKE A CHILD」「RAIN IN MY HEART」「WORKING MAN」では作詞もしています。
本人のアンプやエフェクターは分かっていないので、まずは硬めのピックとヘッドホンアンプで、ダウンだけの8分を1分間そろえる練習から始めてみてください。
プレシジョンベース型やピックで弾くベースを探している方へ
いま当店に松井常松モデルとプレシジョンベース型はありませんが、ネック・弦高・オクターブを調整したベースを在庫一覧に並べています。
弾かなくなった松井常松モデル、プレシジョンベース型、ありませんか?
当店は、ARIAやフェルナンデスのアーティストモデル、プレシジョンベース型やヘッドレスのベースをはじめ、エレキベース・ギターを買い取っています。金色のパーツがくもっている、といった状態でもご相談ください。
参考にした資料
- Wikipedia「松井常松」「JUST A HERO (BOØWYのアルバム)」「BEAT EMOTION」「INSTANT LOVE」「1224」「“GIGS” CASE OF BOØWY COMPLETE」「“LAST GIGS”」、英語版「Boøwy」(当店の布袋寅泰の記事で確かめた事実を含む)、Wikidata「Tsunematsu Matsui」
- 松井常松 オフィシャルウェブサイト、UNIVERSAL MUSIC JAPAN のBOØWY公式サイト(2017年のお知らせ)、Billboard JAPAN、音楽ナタリー、大人のミュージックカレンダー
- renote(松井常松の紹介)、UtaTen、TOWER RECORDS ONLINE、J-Lyric(作詞のクレジット)
- BassGirl、Bun(ベーシストのブログ)、we love 群馬、億りかた、ojisan777(演奏スタイルと使用ベース)
- イシバシ楽器 名古屋栄店のX投稿、コメ兵・チバカン楽器・トレジャーファクトリーの商品説明(アローベース)
- ゾディアック・ワークス公式サイト「復刻 松井常松ヘッドレスベース」、購入者のブログ
- フェンダー・プレシジョン・スペシャルの仕様:Blue Book of Guitar Values、The Twelfth Fret
- 当店のka-yuの記事、Jの記事
よくある質問
松井常松が使っていたベースは何ですか?
レコーディングのメインは、フェンダーのプレシジョンベース系です。ふつうは2つのノブが3つあるアクティブ回路で、金属パーツは金色。ライブではフェルナンデスの黒いリボルバーやヘッドレス、ソロではARIAのアローベースも使いました。
ダウンピッキングとは何ですか?
ピックを上から下へ振り下ろすときだけ弦を弾く弾き方です。音の粒と強さがそろいます。松井常松は速い曲でも8分音符をダウンで刻み続けるスタイルで知られ、「ミスターダウンピッキング」とも呼ばれます。
松井恒松と松井常松は同じ人ですか?
はい、同じ人です。BOØWY時代は「松井恒松」の名前で、1992年ごろから「常松」の字を使っています。BOØWYの作詞のクレジットは「松井恒松」です。
松井常松が作詞したBOØWYの曲は?
「LIKE A CHILD」(『JUST A HERO』)と、「RAIN IN MY HEART」「WORKING MAN」(『BEAT EMOTION』)です。初期の「FUNNY-BOY」では、氷室狂介・高橋信と並んで作詞に名を連ねています。
白いベースのペンキ模様はどうやって生まれたのですか?
買ったときは赤いベースでしたが、ザ・クラッシュのベーシスト、ポール・シムノンに触発されて自分で塗装をはがし、白く塗り直してから青・黄・赤のペンキを散らしたとされています。
松井常松モデルのベースはありますか?
ARIA(AP ARIA CUSTOM SHOP)のシグネチャー「アローベース」が中古店で紹介されています。ゾディアック・ワークスからは、本人のヘッドレスと同じ仕様の復刻モデルが限定35本で出ました。
松井常松モデルは当店にありますか?
いまはありません。プレシジョンベース型の在庫もありません。在庫一覧には整備したベースを並べています。松井常松モデルやプレシジョンベース型を売りたい方の買取は受け付けています。
松井常松っぽい音を出すには何を買えばいいですか?
本人のアンプやエフェクターは分かっていないので、代わりに、プレシジョンベース型を硬めのピックで弾き、プリアンプ(SansAmp BASS DRIVER DI V2)とAmpeg系のアンプで鳴らすのがおすすめです。歪ませすぎないのがコツです。